子供たちが生まれている以上、未来は明るくないといけない。

少子高齢化社会で生きている僕は、少子化になっている現実を目の当たりしながらも、無邪気にはしゃいでいる子供たちを見かけることがある。今のところ日本で戦争は起きていないが、平和な世の中と一言では言えない事件を毎日見ていて、今の子供は大丈夫なのかなと思うときがある。

また、子供をちゃんと育てることは大変だと思っている。僕には子供はいないし、結婚もできないと覚悟を決めているが、世の中で子育てしている人は沢山いて、現代を生きる子供に何を重点的に教えているのか気になることがある。

優れた学校に行かせることを優先的に考えているのか、それとも放任主義となって、子供が自力で未来を切り開けるよう考えているのか分からない。分からないが、現実を見ていると、子供たちにとっても大人にとっても楽観的に考えるより、悲観せざるをえない社会になりつつあると思う。

大人になった僕でさえそう思うのだから、子供がいろいろと学んでいったときに衝撃が強すぎるんじゃないかと思う。

頭がいいからとって誰しもが報われる社会じゃなくなってきているのは確かなことなのだ。それでも、子供は何者になろうかと無邪気に夢を見ている気がするので、大人は子供のために少しでも社会が明るくなるように行動していかなければならないような気がする。

誰しもが思うかもしれないぼんやりとした不安

作家の芥川龍之介は「ぼんやりとした不安」と言い残して自殺したことは有名な話である。芥川以外にも太宰治や、三島由紀夫、川端康成は、死に方はそれぞれ違うが自殺している。現代の社会に生きていれば、ぼんやりした不安みたいなものを心の中で抱えている人はいっぱいいると思う。

皆が皆有名人になれるわけでもないし、無名のまま自殺している人も沢山いる。僕は、芥川龍之介のように凄まじく頭が良い人間ではないのだが、ぼんやりとした不安を抱えている。ひとつ目は少子高齢化社会の今後と、ふたつ目はテクノロジーの進化が人間社会を脅かすということと、三つ目はいつかまた戦争が起きるのではないかということである。

この不安は、時々忘れては、またぶり返し、少しづつ、ぼんやりとした曖昧なものではなく、はっきりと見えてくるかもしれないと思っている。これらは一人だけでなんとかできるようなことではないのだ。だからこそ悩ましく思う。

そもそも、膨大な量が核ミサイルが、地球上に存在している以上、何かのきっかけで戦争に発展したら取返しがつかないほどのダメージを地球は負うだろう。現代を生きる上でそんな不安を抱えながら生きている人が沢山いると思う。